薬師寺のページ

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薬師寺は、天武天皇が後の持統天皇となる鵜野讃良(うののさらら)皇后の病気平癒を祈願し、飛鳥の地に創建したのが始まりとされています。
しかし、天武天皇は薬師寺の完成を見ることなく亡くなり、その後の造営は持統天皇、文武天皇に引き継がれて698年(文武天皇2年)にほぼ完成したと言われています。
それから20年後の718年頃に、薬師寺は平城京の六条大路に面した現在地に移転しました。

ただ、平城京への移転後も、飛鳥の薬師寺(本薬師寺)もしばらく存続していました。
これまでの発掘調査から、飛鳥の薬師寺は平安時代中期、10世紀頃まで存続していたことが分かっています。
現在は特別史跡に指定されており、本薬師寺跡と呼ばれています。
この本薬師寺跡は大和三山の畝傍山と香久山の中間に位置しており、現在の薬師寺と同様に金堂、東塔、西塔がほぼ同スケールで建てられていました。
そのため、現在の平城京にある薬師寺は飛鳥から移転されたものではなく、新たに平城京で建てられたものであると言う説もあります。

その平城京近くに移転されたとされる現在の薬師寺は、973年(天禄4年)の火災と1528年(享禄元年)の筒井順興の兵火で多くの建物が焼失し、奈良時代の建物は東塔のみとなっています。
名物管長として知られた高田好胤(たかだこういん)が中心となって写経勧進による白鳳伽藍復興事業が進められ、薬師寺は再建されました。
金堂や西塔は昭和時代、大講堂は平成15年の再建で、これら薬師寺の中心となる建物は、色遣いも含め創建時の面影が再現されています。
薬師寺金堂に納められている本尊薬師三尊像は奈良時代を代表する仏像の一つとされており、中尊に薬師如来、脇侍に日光菩薩(にっこうぼさつ)と月光菩薩(がっこうぼさつ)を配しています。
これ以外にも、銅造聖観音立像、仏足石、玄奘三蔵院にある大唐西域壁画等、薬師寺にはバラエティ豊かなお宝がたくさんあります。


薬師寺の近くには唐招提寺もあり、西ノ京を訪れた時は両方観光するのが一般的です。
ただ、両方のお寺の雰囲気はかなり対照的です。
唐招提寺が創建時の建物が多く残っているためか、緑に包まれた境内全般に厳粛な雰囲気が漂っているのに対し、薬師寺は広々とした境内と鮮やかな「あおによし」カラーの立派な建物が、開放感を引き立てています。
薬師寺は観光バスが留まれる駐車場もあり、いつも観光客で賑わっています。
また、住職の方が大勢の観光客や修学旅行生を相手にマイクで説明しており、奈良のお寺の中でもかなり親しみやすさを感じさせるお寺です。

薬師寺には、穏やかで明るい雰囲気が、境内の至る所に溢れています。


≪薬師寺へのアクセス≫
1.JR郡山駅から薬師寺までの徒歩ルート
2.近鉄西の京駅から薬師寺までの徒歩ルート
3.薬師寺から唐招提寺への徒歩ルート


≪薬師寺の建築物≫
1.薬師寺 金堂
2.薬師寺 東塔
3.薬師寺 西塔
4.薬師寺 休ヶ岡八幡宮
5.薬師寺 玄奘三蔵院


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