興福寺 南円堂

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南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である興福寺は、「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されています
しかし、幾度も戦火を潜り抜けてきた結果、主だった創建当初の建築物は消失しており、最も古いとされる北円堂や三重塔でも、鎌倉時代初期の再建です。

藤原冬嗣が、父である内麻呂追善の供養と一族の繁栄のために南円堂を創建したのは弘仁4年(813年)で、白銀の観音像千体を埋めて地鎮としたと伝えられています。
五重塔や東金堂は、平城遷都(710年)からそれほど時を置かず創建されていましたから、南円堂は100年ほど遅れて建てられたことになります。
南円堂も他の建築物同様、幾度と無く火災で焼失しましたが、享保2年(1717年)にも大火災が発生しており、現在の建物は江戸時代である寛政元年(1789年)の再建です。

南円堂は興福寺境内の南西に位置しており、三条通をJR奈良駅のある西方面から向かって来ると、最初にアクセス出来るように入口が設置されています。
しかし、奈良市街地のシンボルとも言える興福寺五重塔が、南円堂の200mほど東側にそびえ立っています。
そのため、初めて興福寺を訪れた場合、南円堂を通り過ぎてしまって先に五重塔、東金堂、国宝館等を観光するというケースが多いようです。

南円堂は、西国三十三箇所の九番札所となっています。
約220年前の再建と比較的新しく、色鮮やかな南円堂は1年を通じて多くの参詣人で賑わっています。
創建時の本尊は鹿皮をまとった不空羂索観音菩薩像で、法相六祖像、四天王像も安置されています。
南円堂の扉は基本的に閉ざされており、10月17日の大般若経転読会の時に特別開扉されます。


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